全貌

水の底のような部屋、中央あたりに在る、沈むように深い灰色の座椅子、私はいつもそれに座り、その時惹かれる本を読むことをよくした。そして、日付けが変わる頃にカーテンを開けるようにしていた。ある時には遠くに月が見えた。そういう時には、部屋の明かりを薄暗くし、月の方から差し込んでくる、黄色い感じのする光に導かれるようにして頁を捲った。不思議と、そういう日の方が本の世界に溶け込めるような心持ちがした。月というものが与える幻想的な印象が、小説が構築する世界と合致して、瞬間に私をこの底のような部屋ではない世界へと手を引いてくれていたのだと感じた。

評論文ならともかく、物語を読む時はその世界に自分の身を投じることともう1つ、読む時に心に留めておくことがある。それは、自分の琴線に触れるような一文を探し続けることだ。自分の現在の感覚に好ましいと思える文字列を見つけ出し、手に取ったその一文を何度も考える。文字が与える印象とその効果、理由を考える。文が誘う世界に思い切って身を投じてみて、どこまで行けるか心を浮かせる。

そうやって、小説を読んでいるといつのまにか朝を迎えている。感覚的だが、不思議なことに、朝日が部屋に入ると、夜のうちに起きた出来事は幻だったのではないか、という気持ちになる。揺蕩っていた世界なんて脳内だけのことだったし、それも実は座椅子に凭れ眠っていた時に見た夢だったのではないか。夜なんて一瞬で終わったから、こんな時間まで起きていないで早くに寝付いておくべきだった、そんな気持ちに急激に襲われ、冷気が脚を襲うのを何となく感じる。それがとたんに怖くなって、ロフトベッドの梯子をしがみつきながらにして上り、もはや底でなくなった部屋をぐるりと見下ろし、眠りに入る。そうして、私の長い2月は終わっていった。