したがき

ソファの前に置いた小さな丸テーブルの上で、無印良品で買ったフレグランスキャンドルに灯った炎の先が揺れるのを見ていると、実家から持ってきた壁掛け時計の秒針音が部屋を満たしていたことに気がついた。炎は瞬く間に形を変えつづけるが、その先端は常に天井に向かおうとしている。秒針の動きに伴って響く無機質な音はいつまでも続くように感じられ、こうしたまま朽ちていくのかもしれないと思った。

 

思考の癖で、死ぬ瞬間のことを考えることが多い。
生活の様々な場所で様々なものを見て、物事の始まりと終わりについてを思う。普段乗らない電車の窓から見える無数の一軒家に、好きな漫画の連載が終了した時に、スーパーの出入口で老いた女性の歩くスピードの遅さに。

 

今は古びた一軒家の、何十年前かに建った時の新しさや、そこで真新しいリビングでのパーティを楽しんだ小さな子供。今は年に2.3回その家に帰って親に顔を見せて、けど本当は、予兆を認識したくなくて、会う度に小さくなる親の姿を見たくない。

 

週刊連載、不登校の少年は、週に一度の楽しみができて息継ぎのような生活をなんとか繰り返していた。少年はいつしか青年でもなくなってしまって、周囲との時間の進みのズレに耐えられなくなって、好きだった漫画も楽しさがわからなくなって、物語の終わりを待てずに溺れてしまった。

 

息子が家を出て20年が経った老いた女性は夕方にだけ外に出て惣菜を買う。1人分の食事を作り続けることが重荷に感じられるようになって、涼しくなった夕暮れの外を歩いて近所のスーパーマーケットに行くようになった。歩いている時、小さかった息子とこの道を歩いた時の記憶が蘇るのは毎回のことだ。理由は覚えていないけれど、泣いてしまった息子の手を引いて歩いていた。何年か前にその道を歩いていると、途端に頭の中がその記憶がいっぱいになって、気づくと涙が出ていて、歩けなくなってしまった。いっぱいにぼやけた頭のどこかで、声を出して泣いてしまった自分を、今度は大きくなった息子が助けに来てくれないかと期待する。けれど現実は何分かして警察官が来て、落ち着くまで近くの交番の中で座らせてくれた。

それ以降、他人に迷惑をかけないよう、家からスーパーまでの道のりの風景の中で、思い出に浸るのはやめるようにした。二人いた息子の片方は20歳で死んでしまった。だからこの家に住んでいると時々彼に会える気がした。夫が亡くなってすぐの頃は、家に一人で居ると、居なくなってしまった三人の家族のことばかりを考えて悲しくなった。引き払って小さな公営住宅にでも住もうかと色々調べたが、楽しかった思い出も一緒に売ってしまうような気がした。今となっては、昔の記憶を思い出させてくれるならなんでもいいと感じている。家族写真のアルバムを入れた棚は開け放っていて、何度も何度も開いては新鮮に懐かしい。愛おしい。悲しい。

もう片方の、下の息子は年に2回くらい、孫を連れて帰ってきてくれる。最後に帰ってきてくれたのはちょうど1年前の8月半ばのことだった。嫌に広くなってしまった家がまた狭く感じられることは何よりも嬉しいけど、本当はもっと息子が好きだった料理を作ってあげたくて、しかし包丁を握ろうにも力が入らなくなってしまった役立たずの手がいまいましい。息子のお嫁さんが、なにか料理をしましょうか、と言った。けれど、誰かが自分の代わりに台所に立つ姿を見たくないと思った。記憶が上書きされてしまいそうで、それを取られたら何を頼りにしてこの先生きていけば良いのかわからなくなってしまう。結局、冷蔵庫にほとんど何も入っていなかったこと、調味料が少なかったこと、シンクが汚れていて不衛生であることを理由に、嫁は近所のスーパーで惣菜を買ってきた。いつも自分で買っているのより大容量のパックから皿に出された茄子の揚げ浸しをフォークで食べた。ほんとうは息子と孫のために作ってあげたかったし、それが無理なら外食でも良かったからまた一緒に外を歩きたかった。お母さん足が悪いから、という理由でそれはすぐに却下され、嫁と孫は近くの銭湯に出かけ、息子と二人で惣菜をつついた。といっても息子はとっくに食べ終わって、まだ終わらない私の食事を見てくれている。食べるのに時間がかかったのは顎や歯が弱くなってしまったのもあるが、久々に会った息子と話したくて、食事そっちのけで一方的に色々なことを喋っていたからだ。5年前に先立たれて以来一人でこの家で暮らすのが寂しいこと、料理をしばらく作れていなかったから今回手料理を振る舞えなくて申し訳ないこと、孫がまた大きくなっていて嬉しいがもう少し頻繁に会いたいこと、あなたにもこのくらいの時期があって、よく泣く子だったからよく手を引いて一緒にこの家に帰った日のこと。心配はできるだけかけたくなかったから、警察の世話になった話はしなかった。その代わりに、自分が話しているのを聞いている息子の顔を、目に焼き付けるためにじっと見つめながら喋った。あまり目は合わなかったけれど、時々こちらを見る目の動き方が記憶の中の息子と同じで、すっかりお父さんの姿になってしまった今でも息子は息子のままなのだと思って心底嬉しかった。小学校に入学するまでは息子は寂しがりでよく泣いていたので、あのスーパーに夕方買い物に出る時も手を繋いで二人で歩いた。ある時、近くに住んでいる年配の女性と行き道で会い、「母子で目がそっくりね」と言われた。

「ね、聞いた?ママとあなたそっくりだって」

それから月日が経ち、自分にとって大事なもののほとんど全てが身の回りから少しずつ無くなってゆくにつれて、生活の中でこの時の言葉を思い出す機会が増えた。美化されているのかもしれないが、あの日夕暮れの中に居た自分はまさに幸せだったのだと、何度も噛み締めるように思い出した。その、幾度も上映した記憶の中で、自分を見つめる幼かった息子の目と、今こうして対面に座っている息子の目がリンクする。話したいことが本当はたくさんある。喋りたいし、話を聞きたい。しかし、一ヶ月前カレンダーに赤い二重丸をつけてまで心待ちにしていたこの日を迎えても、なぜか満たされる気持ちにならなかった。夫ももう一人の息子も自分を置いて先に行ってしまった。自分はいつしか過去にしか居なくなっていた。目の前に居る息子には既に自らの家庭があって、年に僅かな回数だけ会っても、その短い時間でまた家族に戻ることはない。話したいことが他にもたくさんあったはずなのに、年々思い通りにならなくなっていく身体と、靄がかかってゆく頭がもどかしい。息子がこっちを向いてくれない。

そして気がつけばまた、息子と会う度に話している、家族が四人だった頃の思い出話をしていた。

「ねえ、覚えてる?」 違う。これは何度も繰り返し話している。「この家が建った頃はみんな居たのよね」 息子がこっちを見ていない。もっと話がしたい。「あそこのスーパーも無かったからお買い物とか大変だったの」 本当はたくさん、色々な言葉を交わしておきたいのに。「保育園の頃よ、川を渡ってすぐのところで昔ご近所だった○○さんに会って似てるって、懐かしいねえ」 自分ばかりが思い出に浸っている。息子にはもう別の家族がある。巣立ちが済んだ後には、新しい思い出は作れない。繰り返した思い出話をまたしていて、途端に申し訳なくなる。言葉に詰まって、ようやく息子がこちらを見る。

記憶の中で、家族が全員だった風景を思い出すといつも夕暮れだ。その中で何度も同じ道を歩いては気持ちが揺れ動かされる。アルバムを開くともう戻り得ない幸せだった頃の自分が写っている。家族で過ごした日常だった日々の記録を漁りながら少しずつ死んでいく日々がこの先ももう少しだけ続いて、最後自分が死んだらこの家はどうなるんだろうと思う。

 

日記

私の代謝、良すぎ……!?ってバナー広告を出そうか悩むねってくらいに代謝が良すぎる、つまりは汗が異常に出るってことなんだけど、呑気に外をトコついただけなのに玉のような汗、昼も夜も関係ない大盤振る舞い、そういえば私は水を1日4L飲む人間、帰納的にガンジャでもやってないと損な気がしている。ちっちゃな頃からアセガキだったとは思うけど、にしても最近の汗はどうしたって出しすぎ、成吉思汗、汗牛充棟、汗顔の至り。

仕事終わりに西荻窪へ。木下龍也のツイートで知った念願のTypicaへ。知ってから行くまでが長すぎた。夏を2度迎えた。そりゃ汗だって出る。念願の至りってやつだ。味覚に対して挑戦的なパフェで、今日食べた「さつまいもとプリンのパフェ」には牛蒡とプロシュートとセロリが入っていた。味覚は人それぞれ、セロリが好きだったりするよね、牛だって甘味に入るよね。某くんと同じく、私が猫だったら殺されてるくらいに味覚に対しての好奇心がある。分子ガストロノミーもいつか行きたい。味覚は嘘をつかない。ジョルジュ・ブラックを観てフーンと唸るより、美味いもん食った直感的快楽の方が大きい。ジョルジュ・ブラックよりジンギス=カン、F4よりA5だ。

それで言うとSODよりFOD、コンフィデンスマンを時間を惜しんで一気見、あらゆる隙間時間に1.5倍速で詰め込んで7話まで観た。
今までの段落で掛詞が上手くいってたからってソフトオンデマンドまで引っ張り出すことはなかった、一気に品質が下がった。私の人生に最近東出昌大がよく出る。アフリカ南米Winnyにボクちゃん、旅人から詐欺師まで、馬鹿野郎がついてまわる、1000のバイオ/

0820#2

病により気も病み、いまは人生最悪の閉塞的な気持ちの中に生きている。ほぼ確でコロナだと思う。冷房部屋の中にいても脂汗がずっといるし、関節だって痛い。仕方ないから仕事は休みの連絡をして日中はずっと寝込みに勤しんだが、どうやったって寝れない。頭はかろうじて回り続けている。創作落語を考えていた。「コンサル芝浜」っていう、コンサルの激務で気を病んで自分のことを江戸の魚売りだと思い込んでしまった夫と、しかし家に一緒に居られるのは楽しいから夫の気狂い妄想に付き合って仮初の暮らしに引き止める妻。禍福をあざなうようなトラブルメーカー的な女性はかなり造形として良いと思う。

体調悪い時や精神的にまいってる時(いまがそう)ってなんかカウンターパンチを打ちやすい体勢になるのか、面白いこと考えるのに適した時期だと思う。幸せな人間で面白い人間はいない、私がずっと抱いている言説。誰かのドジなミスの話や自虐はやっぱり面白い。
怒りとか悲しみみたいな、笑いとは逆の感情が技術でもって振り切った時こそ楽しい。

ここではないどこかへ、の思想が私の中で類を見ないくらい急速に、そして確実に大きくなってきており、「ここ」が指すものも多岐に渡るようになってきた。イカロスの船みたく、今の私を構成する要素を可能な限り剥がしていって、それでも残る本質的な何かだけを携えて、一人で生きていきたい欲求。

morgenが雷獣のラジオに出ていて、やはり顔と思想と声が好きだった。ことしの3月に出ていたnoteを読み返す。退廃と冷笑とメンヘラ、一方的な愛、唐突なひらがなだけの文章、食べ物を軽率に物質とみなす、どこかで見たエログロナンセンスとそれに対する一人称視点の客観。彼女の文章の浅薄さにも共感できてしまって、良いなって思ってしまう。
似た人間な気がするし似た人間でありたい、私の好感は憧れと同一視を多分に含んでいる。グロい。人、痛いところはいつ直るんだ

日記 0815

人の生きるはなんたるや、という私にとっては根源的な悩みに、恐らく人生で初めて考えをめぐらせる時間が今まさにきている。いっときの流行りみたいなもんだろうか、ある種の区切れが来ているから、機を逃すまいとして考えたがっているのかもしれない。私以外の誰かが変わる春を迎え、汗だくで夏を過ごして、生きやすい秋を耐えていつの間にか寒くなって、それを1セットとすると多分あと60セットくらいしかできないんだろうな、と思う(健康な生き方はしていないので)。恋愛だ結婚だ子育てだ、そういうもんに対する興味はなかないが、それをやって何になるんだって思うことの方が多い。幸せの形って幾通りもあるんですよ、みたいなゼクシィのコピーめいた思想が自分の中に生えてくる。そんな幾通りもあるのに、果たして世間一般のそれをなぞるだけでも良いのだろうか。良くも悪くも、悪くもが九割なんだが、世間の思想とは相容れることができない。能力値が足りない部分が多すぎる。思ったことは言いたいが、思って為すにはエネルギーが足りない。自分の中に渦巻いてる塊みたいなものだけは数多い。そうした中で、私みたいなもんが一端の幸福論にあやかることは難しい(あるいは筋が悪い)んじゃないかという疑念、そしてある種の確信がある。ただ今の生活を拡大再生産的に只続けていくことには虚しさがある。かといってライフステージの変更が嬉しさをもたらすかというと疑問が湧く。じゃあどうしたい?誰が言ってる幸福論ならば納得して全乗っかりすることができるんだ?自尊心を押し殺してまで何かを我慢して生き続けることに価値を見出すことができない。舵取りくらいは自分でやりたい、ので社会人には向いてない。一端の社会人を無理して続行して、生活に余裕を持たせて結婚して子供できて四苦八苦して、っていう既存のルートをやっては何になるか見いだせず、けど比較って自尊心の根源だ。真っ白な世界で生きていると心が痩せる。考えること自体に価値があると思いたがっている。そう思わないと自分が惨めになるような思いについては考えを巡らせないようにして、そういうのに依存しない精神状態を作ろうとしている。

好きだった短歌集め

生前という涼しき時間の奥にいて あなたの髪を乾かす遊び

老けてゆく私の頬を見てほしい 夏の鳥影揺らぐさなかに

塗り絵のように暮れてゆく冬 君でない人の喉仏がうつくしい 大森静佳

立入禁止区域に星を戴いて もう産まなくていいよ牛たち 佐藤弓生

君は君のうつくしい胸にしまわれた 機械で駆動する観覧車

君が愛して兎が老いたら手に乗せてあまねく蕩尽に微笑んで 堂園昌彦

君に逢う以前の僕に遭いたくて海へのバスに揺られていたり

千年の昼寝の後の夕風に座敷よぎりてゆく銀やんま

ひとひらのレモンをきみは とおい昼の花火のようにまわしていたが 永田和宏

人はみな慣れぬ齢を生きている ユリカモメ飛ぶまるき曇天

輪郭がまた痩せていた 水匂う出町柳にきみが立ちいる

ああそうか日照雨のように日々はあるつねに誰かが誰かを好きで 永田紅

三月の真っただ中を落ちてゆく雲雀、あるいは光の溺死

あなたの眠りのほとりにたたずんで生涯痩せつづける競走馬

雪は花に喩えられつつ降るものを 花とは花のくずれる速度 服部真里子

 

 

 

 

好きだった短歌

井上法子「永遠でない方の火」を読んだ。

 

水がかたちを変えて何度も登場する。色だと青が多くて、たまに火の赤さが浮かぶ。詠まれている世界の輪郭はファジーで、主体の存在もあまり意識されない(失恋の章はべつにして)。イメージも日本的な風景に限定されなくて、地球のどこか(かなり北とか)、自然と一体になって暮らす場所がしっくりきた。定型の中で綺麗に情景が描かれている歌もあるし、音の続き方が型からはみ出てリズミカルな歌もあって、現代詩の雰囲気を強く感じた。


月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい

波には鳥のひらめきすらも届かないだろうか 海はあたえてばかり

もうどこにも寄らない、淡い風を抱き、駆けだしてゆくところか 夏は

 

海辺の街の夏はイヤじゃない湿度に囲まれていて、水と生命の相性の良さを思い出す。私個人としては夏は怠くて元気出ないんだけど、環境(人も自然も)は嘘のように元気で、江ノ島とか凄い、時間の流れ方が違ってるんじゃないかと思うくらい。ゆったりとした時間の中にうまれる抒情が、月や雨や波に表象されて、読んだ後にあてのない感情が出てくるのが楽しかった。

 

以下は好きだった歌、思うことがあったものには適宜なにか書いてる。

 

終わったあとの火のさびしさを言い合えば火に泡雪を降らせる渚

・性愛ととれる読みもできる、気がする。

紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて

・平仮名にひらいてる「せかい」「ゆめ」が気になる、ゆめは漢字もおるし。現実感で分かれてるのかな。

あかねさす瑞花を、春を見送って乗り遅れても拾える風だ

舟を漕ぐしぐさは羽ばたきのそれに似てるね こころ透きとおるのね

耳ではなくこころで憶えているんだね潮騒、風の色づく町を

いえそれは、信号、それは蜃気楼、季節をこばむ永久のまばたき

うみいろの煮こごりを食む 鈴が鳴る もうすぐここがはじまりになる

・世界のはじまりみたいで綺麗

葉月尽いとしいひととふるさとと青には青の挨拶がある

・これもめっちゃ好きだった。別れの雰囲気。

だんだん痩せてゆくフィジカルなぺんぎんが夢の中にも来る、ただし飛ぶ

・意味わかりたい歌だった、今もわかってない。意味から言葉は解放されて自由になった方がいいかもしれないのはわかってる。「夢の中にも」ってことは現実にもぺんぎん来るのか、コイツはなぜだんだん痩せてゆくのか、軽量化の成果として飛んだのか、ここでの痩せるって苦しさ全般の提喩な気がする。

白昼夢 ゆれるたましい 海だから風だから憎まれないとでも

綴じるように触れ合うように羽を梳き、愛は日照雨のようにしずかだ

永田紅の「ああそうか日照雨のように日々はあるつねに誰かが誰かを好きで」を思い出した。アンサーソングらしさもある。個人的な感想として日照雨って日常と非日常が交差することで、観測の限界(わたしが見えてないところにも世界はある)も想起される。永田の歌だと読んだ後に世界が広くなる感じがして、この歌だと世界が高くなる感じがする。

くちをひらけばほとばしる火をかみくだき微笑んでほほえんで末黒野

・これはこわい火。

はつなつの曇天、五感を持て余す深夜、(何かが臆病になる)

・歌全体も好きだけど中の「五感を持て余す深夜」が言葉として好きすぎた。何かをするでもない深夜3時の感覚って寂しいというより五感を持て余してるんだよな、こう表現できる感受性良いなってのと自分が思いつきたかったっていう悔しさ。不穏さは漂ってるけど、生活ってこういう不穏さが意外と回収されないままに進んでいく感じがあって、まあそれを繰り返すと摩耗していくんだけど。

フィギュアスケート・ペット

フィギュアスケート

コント

男:週刊誌の記者

女:10年前にプロフィギュアスケーターだった

(机 椅子)×2 向き合う感じ 斜めにセット

 

男「…本日はお時間をいただきありがとうございます。週刊文旬の山村です。引退後5年経った今の篠原選手のお考えや現状をありのまま伝えるべく記事を書かせ」 

女「御託はいいからさっさと始めてくれない?」

男「あっ、はい、かしこまりました…それでは…まずは現在の率直なお考えをお願いします」

女「…今でも自分がやったことは正しかったと思っているわ。勝つためにやったことだもの。プロスポーツ選手として、勝利のために小さい頃から練習してきたから。本番でも勝ちたいって思うのは自然なことでしょう?」

男「その通りです。……その、篠原選手の、いわゆるドーピング事件の前と後で周囲の人からかけられた言葉などあれば」

女「…母親には「縁を切る」って言われたわ。あの人が始めさせたのにねこの競技。3歳の私に、自分の夢を託すように無理やり習わせ始めたのを忘れたかのように(おもむろに立ち上がる)」 

男「……大変でしたね。当時の報道も加熱してましたから。……前代未聞のフィギュアスケートでのドーピング」

女「……ええ」

男「前代未聞の空中13回転」

女「……効きすぎたのよ」

男「浅田真央選手はその13回転に衝撃を受けて現役を引退されました」

女「当時の風潮だったのよ、「回れるもんなら回った方が偉い」って」

男「にしてもってことですよね」

女「……男性ホルモンが一般的な成人男性の7倍あったからできた投与量だったのよ。……本当に、人生めちゃくちゃ。知ってる? 私が空中で回ってる動画、YouTubeで350万回再生されてるのよ」

男「めちゃくちゃ回ってますね」

女「は?」

男「あっいや」

女「……「人間ベイブレード」ってコメントしたヤツ本当に許さないから」

男「あっそれ自分です」

女「何してんの? あと固定したチャンネル主も許さないから」

男「あっそれも自分です」

女「自作自演じゃないの」

男「あと、個人的には回転早すぎて止まってるように見える瞬間が好きで」

女「これでしょ(直立したままジャンプ)」

男「それです、サービスいいですね」

女「……こうでもしなきゃやってらんないの。フィギュアなのにドーピングした女、って肩書きは一生ついてまわるのよ」

男「まわる……?」

女「食っていくためになんでもしたわ、特技のギターを活かして全国のスナックをどさ」

男「回りでしょ。さっきから回るって言ってるじゃないですか、上手いこと言うみたいに」

女「ディナーショーのMCの仕事もたくさんやってやったわ、としたら?」

男「……舌が回る仕事で場を回したってこと…ですか?」

女「……回ってるわね」

男「頭が、ですよね。いやこの人全く反省してないな。「としたら?」って出題してきてるし。何してるんですか? 記事になるんですよこのやりとり」

女「(男の周囲をゆっくりと回りながら) ……気づいたの、私結局、回転ってものが好きだったって」

男「何言い出してんですか」

女「ドーピングしてでも回ったあの13回転、今思い出しても脳汁が出るのよ」

男「あんまフィギュアの人が脳汁とか言わないですよ、あとなんですかこの状況、人力でサラウンド音響みたいになってる」 

女「……誰もあの時の私の気持ちなんてわかんない。私の身にもなってみてよ」

男「尿検査ひっかかる体になるだけでしょ、というかさっきから水飲みすぎじゃないですか? さっきから、というか最初から。もしかして、まだドーピングしてます?」

女「力溢れてたまんないから1発殴らせてくれない?」

男「絶対やってるよ」

おわり

 

「ペット」

旅行に行く友達から預かってたペットを逃がしてしまった

男:旅行に行ってた

女:ペットを預かってた


場所:女の家


(外出から帰ってきて、荷物を置きながら)

女「ふー…… ただいま〜 うっわさっむ、窓開けっ放しにしてたんじゃんやらかした」


女「そうだ、自分のご飯作る前にピーちゃんのあげなきゃね 」


(棚から餌を取る動き)


女「1週間目ともなると一発で計量できちゃうんだよね、さっすが私。餌そろそろ無くなっちゃうけどまあ今日までだしいっか」


(皿を持って運ぶ)


女「さ〜てピーちゃん、ご飯ですよ〜 「どうせだし全部入れたれご飯」ってことで普段の1.5倍大サー、ビ……?」


(一瞬動きが止まる、辺りをキョロキョロと見回す)


女「……えっ? 居ない?」


(さらに周囲を探す ダメ元で炊飯器もあける)


女「いや炊かれてたところで 嘘鶏飯 言ってる場合じゃない」


女「えっ……いやいやいやいややばいやばい、もう迎えに来るよねアイツ、やばいって、友達から預かってたペット逃がしちゃった」


女「……どうしよう、えっまだ遠くに行ってないかな」


(ケージの中を触る)


女「体温とかわかんないわ 鳥だし 変温動物だし」


女「えっ…………買うとしたらいくらすんの? 3万とかで買える?」


(ピンポン音が鳴る)


女「うわうわやばいやばいやばい どうしよう えっ ブチ切れられちゃうやつでしょ」


(もう一度ピンポン音が鳴る)


女「……出るか、えっマジでどうしよう」


(玄関まで行く、開ける)


男「おっ開いた、久しぶり〜! いやお前の顔みたらめっちゃ帰ってきた感じあるわ、安心しちゃった」


女「……それ留学とかで一年アメリカ行ってたとかで言うやつでしょ、1週間の熱海じゃん」


男「珍しいよな、熱海に1週間行く奴。まぁほとんど仕事だったんだけどな。土産話あるんだよ」


(男、自然に部屋に入ろうとする)


女「ちょちょちょ、まず土産話って言葉はやっぱり最低半年は空かないと使っちゃいけなくて、んで部屋には入っちゃダメ」


男「えー! なんでだよ、座らせてよ。ピーちゃんも引き取らないとだし。あっもしかして同棲とかしてる?」


女「んーーーいや同棲というかむしろ逆同棲というか」


男「逆同棲? わかんないけどとりあえず入るね おじゃましまーす」


(さっきより強めに部屋に入ろうとする)


女「ちょちょちょ! ダメ!ダメ!」


(男、部屋に入る 後ろから続いて女も)


男「なんだ、普通じゃん 片付いてるし なんだったんだよ」


女「……ごめん、もう隠しきれないから言うけど、ピーちゃん逃がしちゃった。部屋出る時に気づかなかったんだけど窓開いてて、ケージも鍵開いてたみたい ほんとごめん」


男「……えっ、いやいやいや……お前、ピーちゃん大事に預かるって言ったじゃん」 


女「……本当にごめん、弁償する、お金とかじゃないのはわかってるけど」


男「弁償? 無理だよ! ピーちゃんはカオジロガビチョウだぞ!」


女「えっ何、そんなに値段高いの?」


男「違うよ! 特定外来生物! 外来生物法がもう制定されちゃったから新規で飼うことできないの! 何してくれてんだよ本当に」


女「……特定外来生物? え、ってことはどこで買ったの?」


男「法規制直前に海外からこっそり仕入れたんだよ、けど売るためじゃないよ? 可愛くて」


女「なんか全然申し訳なさが消えちゃった、耐えた〜〜〜〜バイバイピーちゃん! 生態系を荒らしに荒らして〜!」


おわり