【プ】水面に犬が沈む日に

登場人物

ミズ:女性 26歳 新卒で入った会社を人間関係の悩みで辞めて現在、祖母が暮らしていた海辺の家に犬のナラと暮らしている。

ナラ:会社を辞めたタイミングで会社の元同僚からミズが譲り受けた中型犬の子犬。人懐こく可愛い。

 

物語はミズが海辺の家で朝を迎えるところから始まる。会社を辞めた理由は、会社の同僚(彼女持ち)に無理やり誘われて関係を持ってしまったのをその彼女に見られてしまい、人間関係が破綻して居づらくなったから。そもそも労働ってものが向いていなかったのだとも気づく。親友のハレだけは唯一ミズを庇ってくれていたが、いじめがハレにも波及してしまうのを嫌がったミズはハレからも距離を置こうとした。会社を辞めようと決意するひと月前に、ミズの祖母が死ぬ。早くに夫を亡くして海辺の街で1人で生活していた祖母は、5年前に認知症を患い、老人介護施設に入居していた。ミズも働き始めるまでは電車で1時間かけて祖母の家の近くにあったその老人介護施設に会いに行っており、そのついでに海辺の家の窓を開け掃除をするなどしていた。認知症になり、ミズをその母(祖母からすると娘)と勘違いしていたような祖母はしばしば天気がいい日には

「あの海辺の家に戻りたい」

と漏らしていた。働き始めてからは忙しく中々会えていない中で祖母が死んで、久しぶりにあの海辺の家を訪れたミズは、その時まさに職場での人間関係のもつれに悩んでいた。庭にはガーデニングだった祖母の植えた花などが本来はあったはずだが、しばらく主を無くしていたその家の庭は荒涼としていた。

弔いが終わり、会社に戻ったその日に同僚(男の彼女)から「使えないんだから早く辞めろよ」と言われる。その時、祖母が漏らした

「あの海辺の家に戻りたい」

という言葉が脳裏によぎった。その言葉が途端に自分の言葉のように感じられたミズは、かねてから机の中に入れていた退職届を勢いのまま出す。周りは驚いていたが、ハレだけは背中を押してくれた。退職の前の日、ハレから

「私んちの犬が子供を産んだんだけど、もし良かったら里親になってくれない?」

と言われる。どうせ一人暮らしだし、犬がいたら家の中が明るくなるだろう、と思い快諾する。

 

海辺の家で犬と過ごす150日、女にとっては久しぶりの静かで幸せな日常だった。ある日、その小さな幸せは崩れる。犬がいなくなった。小さな女の子が言うには、海に犬が沈んでいくのが見え、怖くなって逃げ出して、また戻った頃には何も居なくなっていたらしい。