徒然

冬の月は高く昇る。空気が澄んでるから、夜が神妙な面持ちをしているように感じられる。冷たい風は私の頬を撫でていき、葉を落としすっかり枝ばかりになった木にそのままぶつかる。肌が寒さを感じたあとに、ふと空を見上げる。恐ろしいほどに静まり返った空間は、その中にぽつりぽつりと星の光を湛えている。
群衆の中に自分という影を落とし、わけもわからぬまま一日一日を呆然と過ごした。ふと自分の手を見てみると、そこに開かれた手のひらには何もない。ただ、虚空を握り込み、そして立ち上がって、諦めまいとする態度を、他の自分ではない誰かのように装って、右足から歩いた。月はどこまでもついてくるようだった。

年の瀬だからと、時宜を得たように喜んで忙しくなりたがる街を、ポケットの中には何も持たずに両の手を突っ込んで歩いた。普段は気づかないようなことにも気付かされた。例えば、真面目で遊びを知らなさそうな男と、噴水を固めたような髪をした不釣り合いなカップルは意外にも女の方がぞっこんしている。安い牛丼屋に入っていく若い男は元気で野心に充ちて見えるが、一方で店から出てくる別の男は満腹に満足したのか、むしろ弱々しく見えた。そうやって人間が悲喜こもごもを背負い込みながら、年は暮れゆくものだし、どちらかというと悲しみの方が多く年は過ぎていくのだと気づいたのだった。
面影の中で空を見上げると、いつもいつでも、それはやけに透明である。それは私の中の本来がそれを望んでいるからなのか、本当に私が透明な空しか知らないのか。後者ならどれだけ良いものか。どこか隙間から覗く過去の自分のような何かの視線がじっとりと体にへばりついて離れない。呪縛とでも呼ぼうか、不意に永遠のようなものを思わされた気がした。いつの間にか、ポケットの中の虚空は握りつぶしてしまっていた。

酷く耳鳴りがする、歩を進める、少し大股で、街は先ほどよりも早く、その姿を後ろへと消していく。思い出を閉じ込めてばかりいたようだった。先に行かなくちゃ。